「フィンランド教育ブーム」再考

Memo #132 (English translation available here)

By Keita Takayama (高山敬太) – ktakayam@une.edu.au

2000年以来、3年毎に実施されているOECDの国際的な学習到達度調査(以下PISA)において好成績を収めたフィンランドは、優れた教育改革のモデルとして世界中の教育関係者の注目を集めている。毎年数千人もの海外教育関係者がこの北欧の小国を訪れており、東アジアからも多くの人々がそのPISA成功の「秘訣」を探りに、「フィンランド詣で」を敢行している。

この「フィンランドブーム」の影で忘れられがちなのが、これまでのPISAにおいて東アジアの国や都市が軒並み好成績を記録してきたことである。2000年以降、韓国はフィンランドとほぼ同等の結果を残してきたし、学力低下が騒がれた日本にしても、すべての科目で世界の上位を維持している。また、より最近では、香港、台湾、上海がPISAに参加するようになり、日本と同等かそれ以上の成績を収めている。もちろん国と都市を比較することの妥当性は問われなければならないが、それでもこうした東アジアの都市や国が好成績を上げていることは注目に値する。にもかかわらず、「東アジア詣で」が生じない理由はどこにあるのだろうか。

第一に、OECDがフィンランドの教育改革を「世界のモデル」として積極的に推進してきたことと、90年代以降、フィンランド政府がOECDの政策提言に忠実に教育改革を推進してきたという二つの事実に注目したい。フィンランドの研究者であるリスト・リネらの言葉を借りれば、フィンランド政府は、まさにOECDの提言を「従順すぎるほど積極的に」受け入れてきたのである。要するに、OECDはフィンランドの教育改革を「世界のモデル」として流布することで、実のところ、自らの教育政策方針や提言を、間接的にではあるが、正当化してきたのである。

第二に、欧米のメディアよって流布される東アジアの教育に関する否定的なイメージがある。テスト中心、熾烈な学歴競争、教師を中心とした一方的な情報伝達型授業、中央集権的な教育コントロールといった抑圧的なイメージが、欧米メディアや一部の教育研究者により流布されてきた。確かに、こうしたイメージは必ずしも誤ったものではなく、東アジアの教育の一側面を照らしたものではある。だが、問題はこの部分的な真実が繰り返し流布されることで、「唯一絶対の真実」として固定化され、結果としてより魅力的な東アジアの教育の現実がその表象から排除されてきたことにある。

これとは対照的に、フィンランドの教育の卓越性がPISAのよって「発見」された時、それは、まさにドイツの研究者であるフロリエン・ワルドーが指摘するように、特定のイメージが固定していない「白紙状態」であった。その結果、「フィンランドの教育」という表象には、白地の映画のスクリーンのごとく、実に多様なイメージが投影されることになった。実際日本でも、準市場的な教育改革を支持する経済合理主義者から、それとは対立する左派的な教職員組合にいたるまで、幅広い政治的方向性を持った個人や団体から「フィンランドの教育」は支持されてきた。この多義性の有無もまた、「フィンランドの教育」と「東アジアの教育」に向けられた国際的な関心度の違いを説明する要因といえよう。

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